本記事は、立命館大学が World Sleep 2025 にて発表した、睡眠および代謝に関する研究・試験結果をもとに構成しています。 なお、当該研究は、株式会社イノアックコーポレーションからの研究委託および資金提供を受け、立命館大学にて実施されています。
執筆者プロフィール
岡田 志麻(おかだ しま)
立命館大学 理工学部 ロボティクス学科 教授。
生体工学を専門とし、睡眠計測にも長年取り組んでいる。
朝起きても「疲れが取れていない」「頭がぼんやりする」と感じることはありませんか?その理由は、睡眠の“質”と体の“代謝”が密接に関わっているからかもしれません。
私たちは眠っている間、ただ休んでいるのではなく、脳や体が修復、整理、調整という重要なプロセスを行っています。
つまり睡眠とは「心と体の夜間メンテナンス」であり、そのメカニズムにはエネルギー消費が深く関わっています。最近の研究では、この“睡眠中の代謝活動”が寝具や環境の影響を大きく受けることが明らかになってきました。「よい眠り」とは、いかに効率的にエネルギーを使って体を回復させられるか――つまり、“消エネを省エネする設計”の上に成り立つ科学的な現象なのです。
睡眠と代謝の関係― 深い眠りは「低燃費モード」
睡眠は大きく「ノンレム睡眠(N1~N3)」と「レム睡眠(REM)」に分けられます。 その判定にはPSG(ポリソムノグラフィー)と呼ばれる方法が使われ、脳波、眼球運動、筋電図を同時に計測して、脳と体の状態を解析します。 入眠するとN1→N2→N3と段階的に眠りが深くなり、脳波は次第にゆっくり大きくなります。
最も深いN3では脳波に「徐波」と呼ばれる大きな波が現れ、脳と体の活動量が低下します。
一方のレム睡眠では、眼球運動が活発になり、脳は夢を見るなど活発に働いているのが特徴です。
これらが交互に現れ、およそ90分周期で繰り返されるのが私たちの睡眠構造です。代謝は摂取物をエネルギーへ変換し生命活動に充てる過程で、消費エネルギー(EE, kcal/min)は体内の酸素摂取量(VO₂)や二酸化炭素排出量(VCO₂)から推定されます。これらを同時に計測し人が眠っている間のエネルギー消費を評価すると、代謝は睡眠段階ごとに変化していることがわかります。[1]
深いノンレム睡眠(N3)では筋肉活動が抑えられ、心拍数、深部体温、酸素消費量が顕著に低下します。
反対にレム睡眠では脳の活動が活発になり、夢を見たり、記憶を整理したりしているため、エネルギー消費が上昇します。
つまり、睡眠中の代謝は一定ではなく「静」と「動」の波を繰り返しているのです。
実際に一晩のエネルギー消費を詳細に観察すると、睡眠の前半で下がり、後半で再び上がるというU字型のカーブを描きます。[2]
前半は深いN3が中心で、代謝は大きく低下します。後半は代謝が高いレムや浅いN2が増えるため、再び上昇傾向になります。夜間の代謝曲線は、睡眠段階の時間ごとの構成変化を反映しています。
もし睡眠の目的が消費エネルギーの最小化のみであれば、N3の持続こそが最適解となるはずです。しかし実際には、哺乳類はエネルギーコストの高いREM睡眠を必ず示します。REM中に行われる記憶固定や情動調整、神経回路の再編といった機能が生存と適応にとって極めて重要であるからです。睡眠は限られたエネルギーを再配分して高価値の修復や再編プロセスを遂行する時間なのです。つまり、深い睡眠における「省エネ」は、それ自体が最終目的なのではなく、他の不可欠な機能を遂行するための「土台」なのです 。[3]
図1:夜間の代謝曲線と睡眠段階の対応
(横軸:時間/《図》夜間のエネルギー消費(EE)のU字カーブと睡眠段階(N1/N2/N3/REM)の対応。)

マットレスと代謝効率 ―「支え」が生むエネルギー節約
この「代謝の静けさ」を支えるために、寝具はどのような役割を果たすのでしょうか。 Hu Xらの研究[4]では、マットレスの硬さが睡眠の生理反応に影響を与えることが報告されました。
柔らかすぎるマットレスでは寝返りや覚醒が増え、睡眠の深さが保ちにくくなる一方、中間の硬さ(ミディアムファーム)では入眠潜時(寝付くまでの時間)が短縮され、睡眠段階の移行回数も減少した良好な睡眠構造が得られました。
立命館大学はイノアックから研究委託を受け、標準的なマットレス(素材:硬さ130Nポリウレタンフォーム単層)と特殊構造マットレス「ファセット」(素材:硬さ130Nポリウレタンフォーム上層にスリット構造)を比較し、睡眠中の代謝動態を詳細に解析しました。
実験対象者は同じ環境で2夜を過ごし、そのときの酸素消費量(VO₂)、心拍数、体動を計測したところ、ファセットでは深睡眠(N3)とレム睡眠の両方で心拍数と代謝率が低下し、総エネルギー消費が抑えられることが明らかになりました。
その要因は、ファセットの六角スリット構造が体圧を均等に分散し、背骨や骨盤を支える抗力筋群(姿勢維持筋)の活動が抑えられたためと考えられます。 体がしっかり支えられることで、 →「 筋肉が休まる → 代謝が下がる → 修復にエネルギーが回る」という理想的な循環が生まれている可能性が示唆されました。
さらにこの研究では、寝返り後の代謝変化を時間的に解析したインパルス応答関数(IRF)でも、ファセット使用時には体動により変動した代謝が速やかに安定することが確認されました。
これは、「寝返りをしても代謝が乱れにくく、エネルギーの浪費がない」という状態を意味し、深い眠りを維持しやすいことを示しています。本研究は、寝具の構造が、単なる寝心地ではなく代謝効率そのものを左右する要素であることを具体的に示した最新の成果といえます。
図2:体動が代謝に与える影響とそのタイミング

科学が示す「よい眠り=省エネ」のメカニズム
近年、世界的に「睡眠は量より質」といわれるようになりましたが、 一方で日本人は世界でも特に睡眠時間が短い国民として知られています。 本来、生活習慣の中での“量”と、科学的な意味での“質”の両方が重要です。 米国スタンフォード大学の研究チームは、深部体温、心拍変動、代謝リズムが同期しているとき、睡眠効率が最も高くエネルギーの浪費が少ないことを示しました。 また、Zittingら(Current Biology, 2018)は、体内時計(サーカディアンリズム)によって安静時代謝が夜間に自動的に低下することを報告しています[5]。 この生物学的リズムと、深睡眠による代謝低下が重なることで、私たちは1日の中で最も“エネルギー効率のよい時間帯”を実現しているのです。
しかし、ストレスや夜型の生活、日中の心身に与える様々なストレスがこのリズムを乱すと、体は「休もうとしても休めない」状態になります。代謝が高いまま眠りにつくと、脳と体は修復よりも維持にエネルギーを費やしてしまい、翌朝に「疲れが残る」「すっきりしない」といった感覚が生まれます。
良質な睡眠とは、体を最も効率的に休ませ、脳や身体の再生を最大化する時間です。そのためには、環境(マットレス、温度、光など)と生体リズム(体温、心拍、代謝)の双方が整っていることが不可欠です。寝具選びは、もはや感覚の問題ではなく、生体エネルギー制御の一部といえるでしょう。
生活へのヒント ― “寝具×代謝”で考える快眠設計
良質な睡眠を得るには、環境とリズムの両方を整えることが大切です。
- 「睡眠のすっきり感」は代謝の静けさの証 目覚めたときに頭が冴えているのは、深睡眠でしっかりと代謝が落ち着いていた証拠です。
- 「支え方」を重視する寝具選びを
寝返りしやすく、肩・腰・背中を自然に支える構造が理想的です。体が沈みすぎると筋肉が常に緊張し、代謝が上がる可能性があります。 - 「体温の波」を味方に
就寝前に軽く体を動かしたり入浴したりして少し体温を上げ、眠るころに下がるようにすると代謝が落ちやすくなります。 - 「光環境」を整える
就寝3時間前からは暗めの暖色照明にし、スマートフォンやPCのブルーライトを避けると体内時計が整い、寝つきも良くなるといわれています。 - 「食事と運動のタイミング」
夕食は就寝の3時間前、激しい運動は2時間前までに終えるのが理想です。
「よい眠り」は科学がつくる ― 睡眠の未来へ
「よいマットレス」は、快適な寝心地を提供するだけでなく、代謝エネルギーを節約し翌日の活力を高める科学的ツールです。
今後は、マットレスや照明、AI体温制御が連携し、睡眠中の代謝を最適化する“スマートスリープ環境”が実現するかもしれません。
睡眠はもはや受け身の休息ではなく、体を能動的に回復させる「代謝エンジニアリングの時間」となるでしょう。
その仕組みを理解し、生活に活かすことが、これからのウェルビーイングの鍵となります。
参考文献
1.Kayaba M, Park I, Iwayama K, Seya Y, Ogata H, Yajima K, Satoh M, Tokuyama K. Energy metabolism differs between sleep stages and begins to increase prior to awakening. Metabolism. 2017 Apr;69:14-23. doi: 10.1016/j.metabol.2016.12.016. Epub 2017 Jan 4. PMID: 28285643.
2.Kayaba M, Park I, Iwayama K, Seya Y, Ogata H, Yajima K, Satoh M, Tokuyama K. Energy metabolism differs between sleep stages and begins to increase prior to awakening. Metabolism. 2017 Apr;69:14-23. doi: 10.1016/j.metabol.2016.12.016. Epub 2017 Jan 4. PMID: 28285643.
3.Katayose Y, Tasaki M, Ogata H, Nakata Y, Tokuyama K, Satoh M. Metabolic rate and fuel utilization during sleep assessed by whole-body indirect calorimetry. Metabolism. 2009 Jul;58(7):920-6. doi: 10.1016/j.metabol.2009.02.025. PMID: 19394978.
4.Hu X, Gao Y, Song Y, Yang X, Liu K, Luo B, Sun Y, Li L. The Effect of Mattress Firmness on Sleep Architecture and PSG Characteristics. Nat Sci Sleep. 2025 May 9;17:865-878. doi: 10.2147/NSS.S503222. PMID: 40365263; PMCID: PMC12071755. 5.Zitting KM, Vujovic N, Yuan RK, Isherwood CM, Medina JE, Wang W, Buxton OM, Williams JS, Czeisler CA, Duffy JF. Human Resting Energy Expenditure Varies with Circadian Phase. Curr Biol. 2018 Nov 19;28(22):3685-3690.e3. doi: 10.1016/j.cub.2018.10.005. Epub 2018 Nov 8. PMID: 30416064; PMCID: PMC6300153.