マットレスを選ぶ際、「寝返りがしやすいものが良い」という説明をよく目にします。その中でも、よく挙げられるのが「高反発マットレスが良い」という考え方です。
では、なぜ高反発マットレスは寝返りがしやすいとされているのでしょうか。
一般には、「反発があることで身体を動かしやすく、寝返りしやすい」と説明されることが多くありますが、ここで使われている「反発」という言葉には、少し曖昧な部分があります。
私たちは、この「反発」をより深く捉え、単純な跳ね返りの強さではなく、押した力がどれだけ身体を押し返す力として戻ってくるかという「エネルギー効率」こそが、寝返りのしやすさに関係していると考えています。
本コラムでは、寝具素材において重要な「反発」とは何かについて、ウレタンメーカーの寝具の考え方と、立命館大学スポーツ健康科学研究科・塩澤教授らによる人間工学的研究をもとに、「寝返りしやすさ」の正体を整理します。
なお本内容は、日本人間工学会第67回大会(2026年5月23日〜24日)で発表された研究報告を基に構成しています。
寝返りとは何なのか
寝返りは、睡眠中に無意識に行われる体位変換動作です。同じ姿勢が続くことで起こる血流の偏りを防ぎ、布団内の熱や湿気を逃がす役割があると考えられています。
寝返り動作では、手や足、肩や腰などでマットレスを押し、その反力を利用して身体の向きを変えています。
つまり寝返りは、身体だけで完結している動きではなく、マットレスを押し返す力を利用して行われる運動です。
そのため、寝返りのしやすさは、体が押した力に対して、マットレスがどのように押し返すかが大きく関係します。
また、寝返りは睡眠中に無意識で繰り返される動作です。
このとき必要な力が小さいほど、身体への負担は少なくなると考えられます。
寝返りに重要な「反発」とは何か
一般に使われる「低反発」「高反発」という言葉は、ボールを落とした際の跳ね返りやすさ(反発弾性)をもとに説明されます。
一方で、寝返りのしやすさに関係するのは、体をゆっくり動かした際に、押したエネルギーがどれだけ内部で失われずに戻るかという性質です。
つまり、寝返りにおいて重要なのは、単純な跳ね返りの強さではなく、ヒステリシスロスによって説明される、「身体を押し返す力としてどれだけエネルギーが戻るか」という意味での反発です。
反発弾性とヒステリシスロスには一定の関係があり、一般的には、反発弾性が高い素材ほどヒステリシスロスは小さくなる傾向があります。
その結果として、
- 高弾性ウレタンフォーム(いわゆる高反発)
→ ヒステリシスロスが小さい傾向 - 低反発ウレタンフォーム
→ ヒステリシスロスが大きい傾向
が見られます。
ヒステリシスロスが大きい場合、押した際のエネルギーが熱や内部摩擦として散逸しやすくなるため、寝返り時には身体側がより多くの力を必要とすると考えられます。
研究で確認された寝返りとエネルギー消費の関係
この考え方が実際に妥当かどうかを確認するため、立命館大学スポーツ健康科学研究科による評価が行われました。
この研究では、寝返りを「一つの運動」と捉え、
- ヒステリシスロス、表面形状の条件の異なるマットレスを用意
- 一定のリズムで寝返り動作を繰り返し実施
- その間のエネルギー消費量(代謝)を測定しています。
代謝量は、その動作にどれだけ身体的負担がかかっているかを示す指標です。
評価の結果、ヒステリシスロスが大きいマットレスほど、寝返り時のエネルギー消費が大きくなる傾向が確認されました。
これは、押した際のエネルギーが材料内部で失われやすくなることで、身体の動きに対する押し返しが小さくなり、体位変換時に身体側がより多くの力を必要とするためと考えられます。
つまり、
- ヒステリシスロスが大きい
→ 寝返り時に余分な力が必要 - ヒステリシスロスが小さい
→ 少ない負担で体位を変えやすい
という関係が、実際の測定データとして確認されたのです。
寝返りのしやすさを、マットレスの「押し返し方」という観点から捉える考え方には、人間工学的にも一定の妥当性が示唆されました。
【図1】寝返例動作前後の代謝の増加率 参考文献より
| 寝具A:マットレスなし 寝具B:ヒステリシスロス 34% 寝具C:ヒステリシスロス 38% 寝具D:ヒステリシスロス 41% |
表面加工も寝返りに影響する
もう一つ注目すべき点は、表面加工の違いです。
研究では、同じ素材を用いたマットレスにおいて、表面に六角スリット加工を施したもの(寝具C)と、加工を施していないもの(寝具B)が比較されました。
【図2】六角スリット加工を施した寝具C
六角スリット加工は、横向き寝の際に肩が入りやすくなるよう、表面の一部を切り取った構造です。
肩まわりが局所的に沈み込みやすくなることで身体への密着度合いを高め、より広い面積で身体を支えやすくすることを狙った形状です。
また、仰向けから横向きへ姿勢を変える際には、肩部分が局所的に沈み込みやすくなることで、横向き姿勢へ移行しやすくなることも期待されます。
評価の結果、
- 六角スリット加工を施すとヒステリシスロスは増加する
- 一方で、寝返り時の代謝増加率には大きな差が見られない
という結果が得られました。
これは、寝返りのしやすさが素材そのものの性質だけで決まるのではなく、身体との接触の仕方や表面形状の影響も受けることを示しています。
寝返りしやすさの正体
ここまでの内容を整理すると、寝返りのしやすさは単純な要素ではないことが分かります。
それは、
- 柔らかいか硬いか
- 高反発かどうか
- 反発弾性が高いか
だけで決まるものではありません。
寝返りのしやすさとは、ヒステリシスロスの小さい素材特性と、身体を支える表面形状が組み合わされることで生まれるものです。
体を動かしたときに、その動きをどれだけ自然に受け止め、無理なく押し返せるか。
さらに、肩や腰など身体の出っ張った部分が動きやすい形状になっているか。
そこに、マットレスの寝返りやすさの違いが現れます。
マットレスの中には、押した際のエネルギーが内部で失われにくいように、素材の選び方や構造が工夫されているものもあります。
マットレス選びの視点
「寝返りしやすい」という言葉は分かりやすい一方で、その中身は見えにくい評価軸でもあります。
そのためマットレスを選ぶ際は、「寝返りしやすい」という言葉だけでなく、
- なぜ寝返りしやすいのか
- どのような考え方で設計されているのか
という点まで確認してみると、より納得して選びやすくなります。
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参考文献
田上 絢月:寝返りのしやすさに着目した寝具の客観的評価法の検討. 日本人間工学会, 2026.